親と親様

 私はちいさな認可外保育施設に勤務しています。
毎日のように、新しい子どもさんが登録していかれ、一時保育でお預かりするのですが、本当にいろんな子どもさんと保護者さんに出会います。

この世に生れて数カ月から数年しか生活していないのに、こんなに個人差があり、性格があり、子どもなりの社会がありということは、感動すら覚えます。

 そしてしみじみ思います。
子どもは、親の収入・学歴・職業・社会的立場などには全く関係なく生まれてくるのだなぁ、と。

親が、対社会的に背負っていたり看板を掲げていることは、子どもには全然関係ありません。
全国を飛び回っている講師のパパでも、赤ちゃんには話が通じなくて泣かれてしまうし、
お医者さんでも子どもの病気には、太刀打ちできません。
お金がたくさんあっても、子どもにはあまり意味がない。
会社で偉そうにしていても、子どものわがままにはふりまわされるもの。

もちろん、僧侶でも、子育ての思い通りにならないことがあれば、悩みます。
もー、毎日が自己嫌悪の連続だし、「なんであんな言い方したんだろ」とか、「もっとこうすればよかった」とかそんなことばかりの日々です。

大人は、子どもにはその人間性で対峙するしかありません。
どれだけ、正面から向き合えるかにかかっています。
子どもは自分の気持ちをどれだけくみ取ってもらえるのか、いつも真剣勝負を挑んできます。

親の都合を押しつけていたり、育児書に頼っているばかりでは、その子自身を見て聞いていてるとは感じられないのだと思います。
この子のために、と思ってやっていることが実は親のエゴということはよくあること。
それを敏感に感じるお子さんはやっぱり、情緒が安定しないことが多いようです。


最近はやりの「イクメン」が、「育児もできるオレってカッコイイでしょ」というポーズのブームに終わらないよう、ちょっと気をつけてほしかったりもします。


真宗では、仏様のことを「親様」と表現します。
まさしく、我が身をかけて私と対峙してくださる。
それが、「親様」なのだなぁと改めて思いますね。





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