ボランティアセンター初体験
- 2011年03月29日(火) 文:tatsuya
- 仏声人語
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東日本大震災では、未曾有の被害がひろがっております。テレビや新聞を通して伝えられる被災状況をみていると、自分の無力感を感じるとともに、「節電」「買いだめはしない」「募金」などできることをしていきたいと思います。私が住んでいる千葉県では、特に旭市や浦安市が甚大な被害を受けております。
先日は、千葉県旭市に立ち上げられたボランティアセンターでのお手伝いに行きました。千葉県旭市は千葉県の東部に位置します。また、飯岡海岸は、海を愛する仲間たちでは知られている有名な町であります。
まず、ボランティアをするにあたり、基本的に準備するものを調べました。
○長靴
○皮手袋(軍手では対応できません)
○スコップ
○携帯ラジオ
○マスク(防塵用)
○ヘルメット・・・
ヘルメットと携帯ラジオがなかったので、ホームセンターに探しに行くが、どこも品切れ状態です。結局みつかりませんでしたが、厚手の帽子でOKですとのことなので、準備が整い一安心。
当日の朝、旭市に向かいました。
ボランティアセンターに到着するとたくさんの若者たちで溢れていました。
(ボランティアセンター受付前)
ボランティア登録用紙に記入をして、担当者からボランティアをする際の注意点を受けて、5人一組となりボランティア先に向かいました。私達のボランティア先は、商店でした。だが、津波で全てが流されて、店内には何も残っておりません。千葉県旭市内にて、特に被害が大きかったのは飯岡海岸沿いです。大きな津波が来ることがあまり想定されておらず、海岸沿いに家屋が建ち並んでおります。住民の方々は「まさか、大津波がくるとは思わなかった」とおっしゃっていました。
今回の災害では、一階部分が崩れ屋根だけ残っている家屋や家屋の2m30cmが浸水したため、一階部分が壊滅状態となり、家の中に泥と瓦礫だけが残されている家々が立ち並んでおりました。災害当初は、床に20cmの泥砂が埋まっていたそうです。
(被災の様子)
私達の任務は、家の中の砂や瓦礫などを取り除き、家屋を基礎の状態に戻すことでした。部屋の隅々に砂が詰まっておりました。取れども取れども砂が出てきます。
今回、ボランティアをさせていただいたお父さんは元気いっぱいの方でした。お父さんとの会話の中にこんな話がありました。ある人が、「毎日毎日、瓦礫や砂の撤去作業ご苦労ですね」と聞くと、「ボランティアの人たちが来てくれるからがんばらないとね!」と明るく答えてくれました。その言葉を聞いていたジーンとなり、複雑な思いになりました。行きしなのラジオから流れてきた「わたしたちは幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ。」 byウィリアム・ジェームズ(心理学者)という言葉を思い出されました。
復興はこれからです。
改めて、自分ができることをさせていただこうと思いました。
最後に、先輩から紹介して頂いた復興支援ポスターのサイトをご紹介させていただきます。
http://setsuden.tumblr.com/
【上記のボランティアセンター情報】
*旭市ボランティアセンター http://www5.plala.or.jp/asahishi-syakyo/saigaiborannvorasen.html
*浦安市ボランティアセンター http://urayasu-shakyo.sakura.ne.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=105
なお、現在のボランティア対象者は、近隣地域在住の方に限られております。
まず、ボランティアをするにあたり、基本的に準備するものを調べました。
○長靴
○皮手袋(軍手では対応できません)
○スコップ
○携帯ラジオ
○マスク(防塵用)
○ヘルメット・・・
ヘルメットと携帯ラジオがなかったので、ホームセンターに探しに行くが、どこも品切れ状態です。結局みつかりませんでしたが、厚手の帽子でOKですとのことなので、準備が整い一安心。
当日の朝、旭市に向かいました。
ボランティアセンターに到着するとたくさんの若者たちで溢れていました。
(ボランティアセンター受付前)
ボランティア登録用紙に記入をして、担当者からボランティアをする際の注意点を受けて、5人一組となりボランティア先に向かいました。私達のボランティア先は、商店でした。だが、津波で全てが流されて、店内には何も残っておりません。千葉県旭市内にて、特に被害が大きかったのは飯岡海岸沿いです。大きな津波が来ることがあまり想定されておらず、海岸沿いに家屋が建ち並んでおります。住民の方々は「まさか、大津波がくるとは思わなかった」とおっしゃっていました。
今回の災害では、一階部分が崩れ屋根だけ残っている家屋や家屋の2m30cmが浸水したため、一階部分が壊滅状態となり、家の中に泥と瓦礫だけが残されている家々が立ち並んでおりました。災害当初は、床に20cmの泥砂が埋まっていたそうです。
(被災の様子)
私達の任務は、家の中の砂や瓦礫などを取り除き、家屋を基礎の状態に戻すことでした。部屋の隅々に砂が詰まっておりました。取れども取れども砂が出てきます。
今回、ボランティアをさせていただいたお父さんは元気いっぱいの方でした。お父さんとの会話の中にこんな話がありました。ある人が、「毎日毎日、瓦礫や砂の撤去作業ご苦労ですね」と聞くと、「ボランティアの人たちが来てくれるからがんばらないとね!」と明るく答えてくれました。その言葉を聞いていたジーンとなり、複雑な思いになりました。行きしなのラジオから流れてきた「わたしたちは幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ。」 byウィリアム・ジェームズ(心理学者)という言葉を思い出されました。
復興はこれからです。
改めて、自分ができることをさせていただこうと思いました。
最後に、先輩から紹介して頂いた復興支援ポスターのサイトをご紹介させていただきます。
http://setsuden.tumblr.com/
【上記のボランティアセンター情報】
*旭市ボランティアセンター http://www5.plala.or.jp/asahishi-syakyo/saigaiborannvorasen.html
*浦安市ボランティアセンター http://urayasu-shakyo.sakura.ne.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=105
なお、現在のボランティア対象者は、近隣地域在住の方に限られております。
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