お寺と坊さんのありかた。泣ける場所。

前回のコラムから一カ月。
行くべきか行かざるべきか、と悩んでいましたが、実は、被災地に行く機会を得、石巻市に行ってきました。

避難所で、あの日の話を聞いて、そのまま眠った翌朝、海沿いの禅宗寺院にお参りさせていただきました。

本堂一面のご遺骨とご遺影。100や200はあったと思います。

その中で、ご住職が丁寧なお勤めをされておいでで、私たちに気付いたご住職はちょっとびっくりされておられましたが、お焼香をすすめてくださいました。

少しお話をさせていただきましたが、お寺を出てから涙が止まりませんでした。


 家族を亡くし、家を失くし、財産も失くした方々にとっては、避難所に近いこのお寺はきっと、泣ける場所。
静かに礼拝し、話を聞いてくれるご住職がいてくれることが、よりどころ。
そんなことを思いました。



社会貢献をする僧侶がもてはやされています。

それは、「坊主丸儲け」という言葉に代表されるような、悪いイメージの僧侶への反動ではないかと思います。

けれども、特に社会活動をしているわけではないけれど、一軒一軒の門徒(檀家)さんのおうちを回って丁寧にお話を聞き、仏道を説き、共に歩もうとする真面目な僧侶もいるっていうことは、なんとなくスルーされているような気がしないでもありません。

そんなのやって当たり前、だから?
そうです。
僧侶として当たり前のことを丁寧にしている数多くの坊さんの存在があるから、時々スーパーな坊さんが出てくるんです。

メリシャカは、たぶん、ふつーの坊さんが多い。笑。
スーパーマンにはなれなくても、それでいい。

危機に立ち上がるのも坊さん。
座って仏教を説き、話を聞くのも坊さん。
立派な話はできないけど、泣きたいときは、お寺においで、って言える坊さん。

私は、そういう坊さんになりたいなぁ。
 
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