10 years later

今年の9月11日は、2001年に起こったアメリカ同時多発テロ事件からちょうど10年。
そして、今年の3月11日に起こった東日本大震災から、半年という節目の日でした。
おそらく、日本中の多くの人が、いろんなことに思いを馳せたことと思います。

10年前のあの日。私はまだ大学4年生でした。
最後の夏休み期間で、当時担当していただいていた大学の助教授が中国に行くというのに友達と一緒に便乗させてもらって、3人で中国に行っていました。
上海から杭州や寧波、紹興などを経て、温州のホテルに滞在していたときのこと。
TVをつけると、あのテロの映像が流れていました。
しかし中国語が殆どわからないため、最初は映画のワンシーンだと思っていましたが、
先生の「恐ろしいことが起こったかもしれない」という言葉で、これはフィクションではなく、現実に起きた出来事だということに初めて気づき愕然としたことを、今でも覚えています。

21世紀に入って、今年でちょうど10年。
戦争の世紀とも言える20世紀が終わり、新世紀に入って、平和の世紀がやってきたと、私は思っていました。
しかしそれはわずか9ヶ月で甘い認識だったと知らされました。
それから10年。世界は平和になったでしょうか。
答えは否、でしょう。
世界各地で争いが起こり、経済は不安定で、だれもが争いに怯えること無く安心して暮らせる、そんな状況では決してありません。
そして大震災。
地震と津波によって、多くの尊い命が失われ、多くの方が平穏な日常を失われてしまいました。
さらに原発事故が起こり、今尚収束の見通しが立たず、多くの方が、放射能の恐怖に怯えながらの生活を余儀無くされています。
そしてこの原発事故の問題は、将来への、大きな「ツケ」でもあります。
放射能に汚染されてしまった土地はそう簡単に元通り、というわけには行かないでしょうし、
汚染されてしまった多くのものをどう処理していくのかというのは、時間もコストもかかる大問題です。
人体への健康への影響も、今後少なからず出てくることも予想されますが、国や東電がどこまで責任を持ってくれるのか、これからしっかりと議論していかなければならないでしょう。

あの9.11からの10年、世界は大きく変わりました。
そして今年の3.11もまた、大きな転換点です。
私たちに災害を防ぐことはできませんし、起こってしまったことは残念ながらもうどうすることもできません。
けれど、人の手が加わって起こったことは、過ちを過ちと認め、今後二度と同じような痛ましい事故を起こさないようにすることはきっとできるはずです。
目先の利益ばかりに目を奪われてしまったり、自分の都合ばかりにとらわれてしまったりせずに、これから10年後の世界、20年後の世界のことをしっかりと見据えて、今どうするべきなのかを考えなければいけないのだと思います。

エネルギーをどうしていくかという問題も、私たちの生活に密着した非常に重要な問題であると思います。
けれど、今年の夏、原発の多くが稼動しなくても、電気は不足しませんでした。
努力すれば、原発がなくても私たちは生活できるはずです。
利便性やコストの問題もあるのかもしれませんが、私はそれよりも、安心ということがなにより再優先されるべきことであろうと思います。なぜならそれは、いのちに関わることであるからです。

今年は親鸞聖人が亡くなられて750回忌を迎える年でもあります。
西本願寺では、親鸞聖人のお手紙の中にある言葉「世の中 安穏なれ」をスローガンに掲げました。
この言葉は、自分さえよければと考えてしまう私の在り様を見つめ直し、
少しでも自分の周りの人のことを思い遣り、そして互いに敬い助け合いながら、誰もが安心していのちを全うできる、そんな世の中を思っていってほしいという願いが込められた言葉であると思います。

これからの10年、世界はどうなっていくか、それは誰にもわかりません。これまで以上に厳しい10年になるかもしれません。
けれどできることなら、誰もが安心して暮らせる世界となることに、誰もが希望を持てる。
そんな10年になることを切に願ってやみません。
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