どうか責めないで
- 2011年11月19日(土) 文:sakulla
- 仏声人語
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先日、津波で多くのものを流されたお坊さんのお話を聞く機会に恵まれた。
震災から8ヶ月が経ち、目に見える復興が進んでいるのだと、テレビを通して知りうる情報を鵜呑みにしているとつい思ってしまう。
だが、その僧侶のお話を聞き、被災地では「震災から8ヶ月」ではなく、「8ヶ月の間、被災し続けている」という現実の中にあることに気付かされた。
日中は明るく会話を楽しめていも、夜になると自然と涙が溢れ出すという。
そして、3月11日のことを思い出しては、誰もが自分を責めずにはいられない。
「何で助けてあげられなかったのか」
「何で自分は生き残ってしまったのか」
「何であの時、手を離してしまったのか」
「何で何で何で・・・」
その僧侶は、自分を含め、多くの人が抱える心の傷に触れると思い出すという言葉を教えてくれた。
それは震災後、停電が続く夜の闇の中で聞いた、ラジオから流れるアナウンサーが語った言葉だという。
被災された皆さまへ
どうか自分を責めないで下さい。
どうか後悔しないで下さい。
あの時のあなたは、あの時のあの人は、その時にできる最善のことをしました。
だから、あの時のあなたを、あの時のあの人を、どうか責めないで下さい。
犬を助けるために、自宅へと引き返したお父さんがいた。
家族の写真を取って来るからと、妻を先に逃がしたおじいちゃんがいた。
その行為に、「何でそんなことをしたの」と相手を責め、「何で行かせてしまったの」と自分を責める。
けれど、その時それをしなくてはならないと思ったから。
大事なもののために動いたのだから。
そのときにできたことを、精一杯したのだから。
だから、誰も何も責めずに受け止めて、自分も相手も、すべての人の3月11日を、肯定しようという心境になったという。
誰もが、精いっぱい自分なりの人生を生き抜いている。
誰もが、その時できることを、できる限りして生きている。
そうして、今ここに、そのようにしか生きられなかった私がいる。
その私を肯定し、受け止めてくださるのが阿弥陀さまなんだということを、悲しむ前に呆然と立ち尽くすしなかなかった現実の先で行きついたと聞かせていただいた。
南無阿弥陀仏
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