君と僕とアミダ様の法話ァ 悵藾痢

昨年末はメリシャカライブ、ご来場頂きました方々には本当にありがとうございました!
たくさんのご縁が熟し、素晴らしい楽しい空間になったと思います。

さて、ただ今僕は育児真っ最中です。イケメン僧侶を「イケ僧」というそうですが、わたくしチスイは育児を頑張る僧侶です。今年は「イク僧のチスイ」と呼ばれるように育児日記も付けていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

現在連れ合いが入院しており、僕は実家のお寺に帰り、かれこれ一か月半以上、2歳の娘の育児をしています。
今はおじいちゃんや、おばあちゃん、ひいおばあちゃんにも慣れて平常の生活なのですが、やはり最初はお母さんがいないということが、これ程までに影響を与えるのかと思うほどに大変でした。
娘も泣くわけではないのですが、いつも緊張している感じでした。そんな娘を見るとこちらの方が涙が出るようでした。けなげに頑張る娘を見て、私は「この子は本当にお利口だ!誰に似たのだろう!きっと僕に似ておりこうさんなのだ!!」と思っていました。

ある晩、僕が娘を寝かしつけている時に、娘に絵本を読んでやっていたのですが、「げんこつやまのたぬきさん」の絵本を読んでしまったのです。
他の本にはそんな反応しなかったのですが、この本を読んでやると、いきなり娘の様子が変です。とても動揺しているのか、顔をくしゃくしゃにさせるのです。必死に涙を堪えているのです。
僕は大失敗をしてしまいました。この本にはお母さんたぬきと子どもたぬきが仲良く登場します。そして、この本はいつもお母さんだけが娘に読んでやっていた本だったのです!

私は「しまった!!」と思ったのですが、時すでに遅し。
娘は急に立ち上がり、私から離れ、部屋の隅っこの方に行き、何をするかと思えば、急にピョンピョン飛び跳ね出したのでした。

 娘は、必死になって我慢していたのです。泣かないように。もしかしたら、涙を流せば「お母さんがいない」ということが現実になってしまうということなのかもしれません。頑張って、一人でピョンピョン飛び跳ねて遊んでいるのでした。

僕は娘の姿を見て、もういたたまれなくなりました。どうしたらいいのだろう。父親として、今。
その時僕はいい考えがひらめきました。

ひらめいたと言うか、実は友人の連れ合いさんから前に聞かせてもらったのことを思い出したのです。少し前にツイッターで僕が今の状況を呟くと、すぐさまリプライをしてくれた内容が、「こんばんは。娘さん、寂しいよね。でもママも半身を引き裂かれたような寂しさのはず。娘さんには、「普通のことですけど?」みたいな態度でいいよ。でも、泣いてるときや我慢しそうなときは「そうかー寂しいかー」と自分では表せない気持ちを言葉に出してやってください!というものだったのです。

僕は娘にとっさに、声をかけました。「○○、さみしいね、つらかったね。」
そして部屋の隅で飛び跳ねている娘をだっこしてやり、「でもね、お母さんも○○のことずっと大好きって想っているよ!」と話しました。
すると、娘は初めて声をわーとあげて泣きました。

娘はお利口さんだから泣かなかったのではないのです。ずっと、お母さんがいないのを我慢していたのです。本当はさみしくて、さみしくて仕方なかったのです。

ひとしきり泣いた後で、今度は僕の頭をなでて言いました。

「とーと、大丈夫?」

どうやら涙ぐむ僕を娘の方が心配してくれていたのでした(笑)ありがとう(笑)その晩は娘を抱きしめて寝ました。

ところで、阿弥陀如来というみほとけは、僕たちを見抜いて下さっているのです。
何気なく過ごしているけど、実は頑張って頑張って、自分の苦しみ悲しみにも無自覚になっている僕たちの姿を見抜いて下さっています。
僕よりも僕のことを知り、見抜いたうえで、「辛かったね。苦しいね。」と僕よりも先によびかけ、その上で「私がここにいるよ!決してあなたと離れないよ!」
「安心しろよ!まかせろよ!どんなことがあっても、私はあなたと共にいるよ!」とよび、僕のもとに至って下さるほとけさまを、アミダさまと言うのです。

皆さんお一人お一人に、娘や連れ合いのもとに、そしてこの僕にご一緒くださる阿弥陀様と共に、今年も一日一日精一杯生きていこうと思います。
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コメント
心樹くん、孫の姿を思い、ジイジイは、、沢山の方たちにこれからも教えてもらいます。
  • 藤本 徹郎
  • 2012/01/11 8:18 PM








   
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