君と僕とアミダ様の法話Α悗海鵑覆呂困犬磴覆った』

前回の僕のコラムで連れ合いが入院中と書きました。色々御心配して下さった方もいて有難かったのですが、先日無事退院しました。
実は出産の為の入院で、先日息子が誕生しました。娘もお姉ちゃんになり、とても喜んでいます。

僕も天にも昇る思いで嬉しいのですが、人の誕生は「苦」の始まりでもあります。思うがままにいかない人生の始まりです。

この世に生まれてきた息子も、きっとこれから色々なことに出会っていかねばならないのだろうなと思います。
嬉しいこと、楽しいこと、素晴らしいこと、そしてそれだけでなく、悲しいこと、辛いこと、どうにもならない「こんなはずじゃなかった」という絶望にも遭っていかねばなりません。しかし、それが人の世に誕生したということです。

ところで仏教では、人間の境涯を含めて6つの世界が説かれます。
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の世界で、後になるほど楽の大きい世界と言えるでしょう。

つまり天上の世界とは、私たちの思い通りになる快楽極まりない世界です。人間の欲望がすべて満足される世界といわれています。皆さんの思う喜びは何でしょうか?

僕であれば、好きなウニやイクラの寿司を好きなだけ食べることができる。(高価ですし、尿酸値高いのでセーブしてます)
イケ僧で、賢く、偉ぶらないで、友達やファンが多く、ずっと遊んで、いつまでも健康で若いなどなど。
そんな状態を思います。

天上界であればそれらすべてを成し遂げることができます。思いのままですから。

またある説では、天上界の一日は人間界の50年、寿命はなんと500歳とも言われます。私たちの平均寿命を80歳とすると312.5倍もの時間生きられることになります!
しかしだからと言って、天上界の天人たちにも一つだけ問題があります。
それは寿命があること。天人だからと言って永遠ではなく、必ず終わりの日がくるのです。

『天人五衰』という言葉があります。天人が命終わる時に5つの衰える姿を現すと言うのです。

‘の上の花飾りが萎む
衣服に塵や垢がつく
わきの下より汗が出る
ぬ椶くらむ
イ海海砲い襪海箸楽しくなくなる

この5つの衰えの姿を、他の若い天人たちが笑うそうです。そして、みんながその死にゆく天人を雑草のように見捨てるというのです。ひどいですね。
その時にその死にゆく天人は、長い間親切にしてやり、自分を崇めていた天女たちが、こんなにも冷たく見捨てるものだといって嘆き悲しむそうです。
その苦しみは、地獄よりもまさるといわれています。

この天人の世界は僕たちに何を教えてくれているのでしょうか?

僕は自分がもしも天上の世界に生まれたらどうだろう?

自分の思い通りに行く世界で、僕は何も自分を振り返ることなく自分勝手に生きるでしょう。

周りで死にゆく五衰の姿を笑うでしょう。自分とは関係ない汚いもの、情けないものだと言って。

人の50年もある一日を、500年もある寿命を、面白おかしく生きるでしょう。『自分とは何か?』を問うこともなく。そしてその時間は振り返るとあっと言う間です。

そして、終わりの日が近づき、思うことはただ一つ。

「こんなはずじゃなかった」

息子が生まれて思います。「苦しみの境涯に生まれて、お前もこれから大変だな」と。

でもお父さんも大変だよ。

でもね、大変だからいいんだよ。

お前がこれから出遭うであろう、失敗、孤独、失恋、事故、病気、老い、愛する人(僕を含む)との別れ、断腸の思いのあきらめ。そして死。

それらは全て、全部お前に大切な、かけがえのない、尊いことを教えてくれる。思い通りにいったならば、気付かなかったことを。辛いけど嫌だけど、出逢わなければ気付かなかったことを教えてくれる。

仏教に出遇う為に、僕らは生まれてきたんだよ!

息子の寝顔を見ながらそんなことを思います。しかしながら、息子の生まれた喜びが勝り、ニヤニヤしてしまう僕は天上界の住人と大差ないのかもしれませんね。
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