Stay Gold

皆さんはHi-Standardというバンドをご存知でしょうか。

私は高校生の頃にこのハイスタと出会って、こんなカッコいい音楽があるのかと興奮したものですが、その後ハイスタは長い間活動を休止していました。そのハイスタが昨年東日本大震災を受けて、日本にエールをということから、再び活動を再開し、AIR JAMというイベントを行いました。残念ながら私は行けなかったのですが、今年はそのAIR JAMが宮城・国営みちのく杜の湖畔公園みちのく公園北地区風の草原で行われるそうです。


さて、そのハイスタの楽曲の中に「Stay Gold」という曲があります。私も大好きな曲なのですが、この歌は昔と変わってしまった今の自分の姿を見つめながら、「Stay Gold」という言葉を励みに生きていく、というような内容の歌です。

「Stay Gold」という言葉は、いつまでも輝きを失わずに、というような意味で、この歌の歌詞カードには「いつまでも金ピカのままで」と書かれています。青春の輝きをいつまでも忘れないでいたい。そんな歌を昨年の活動再開後に聞くと、グッと胸にせまるものがありました。それだけ私自身も、年をとったのかもしれません。


しかし、残念なことに私たちはいつまでも若々しく輝き続けるということはできません。この歌にもあるように、大人になるにつれて、若い頃抱いていた夢や希望を諦めていかなければならない場面もあるでしょうし、打算的にならなければならないこともあるでしょうし、自己矛盾に苛まれることだってあります。あるいは物理的な老化によって、できなくなってしまうこともあります。いつまでも輝き続けることが難しい私だから、「Stay Gold!」と叫びたくなるのかもしれません。


そんなことをハイスタの活動再開後、この曲を聞いて考えていたのですが、もう一つふと思ったことがありました。それは、阿弥陀仏という仏さまが誓われた四十八の誓願、「四十八願」の中にある三つ目の願い、「悉皆金色(しっかいこんじき)の願」でした。この願いは、“私が仏になるとき、国中の人々や天人が真金色に輝く身になることができないようなら、私はさとりを開きません。”という誓いです。一般的にこの願いは、この私たちの世界には、肌の色や人種の違いがあり、それが差別や争いに繋がっている。だからこそ阿弥陀仏の浄土においては、肌の違いがなく、だれもが平等に光り輝くいのちとして在ることができるようにと願われたものです。


阿弥陀仏という仏さまは、浄土という世界でこのような理想を実現されようとしておられるのですが、それは私たちの世界が、そんな理想とはかけ離れているからでありましょう。ですから阿弥陀仏の願いというのは、浄土という世界において実現されるものではあるけれど、今のこの私の姿を見て、なんとかせずにはおれないとして、願ってくださるものであるのです。


そしてこの「悉皆金色の願」は、肌の色の違いによる差別が無いように、という願いでありますが、もう一つ、私のいのちが金ピカに輝くいのちであってほしい、ということを願ってくださっているとも味わえるのではないでしょうか。


先程も書きましたが、諸行無常の世にあって、私たちはいつまでも若々しい輝きを保ち続けることはできません。あるいは、いつこのいのちを終えていかねばならないかわからないものでもあります。しかしそうであっても、いや、そういう私であるからこそ、「そのいのちを、精一杯輝かせて生きていって欲しい」という願いを、阿弥陀仏はこの私にかけていてくださっている。そんな風に、この願いを味わうこともできるのではないかなということを感じました。


親鸞聖人も『唯信鈔文意』という書物の中で、石や瓦、つぶてのような取るに足らないこの私のいのちを黄金に変えてくれるようなはたらきが、阿弥陀仏のはたらきであると、味わっておられます。


そんなこと思いますと、「Stay Gold!」と叫ぶハイスタの曲を聞くたびに、「金ピカに輝け!」と願ってくださる仏さまがおってくださるという心強さを、思い出せそうな気がします。 
Tweet
コメント








   
TWITTER+SHAKAMUSIC
チケット予約はこちら
新しい記事
月別アーカイブス
エディター
とし
twitter メリシャカサイト用mixiロゴ.gif メリシャカサイト用facebookロゴ.gif

お問い合わせ
メルアド.gif