「母」という性
- 2012年05月22日(火) 文:sakulla
- 仏声人語
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気がつけば母の日が過ぎていた。
カーネーションを好まない母を前に、何をすればいいのか分からなくなった子供の頃のまま、何もしないという今に至る。
そうして、ふと私も「母」の側になったんだなと思った。
そう思うと、花全般を好まない私のような母をもった息子が不憫でならない。
もっとも、毎日息子の笑顔という頂き物をしているのだから、それ以上に望むものはないのだが…。(←ばか親・笑)
ただ、はたして私は改めて感謝されるような母であるのだろうかと考える。
胸を張れるようなことは一つもない。
だからだろうか、いつか幼なじみから聞いた彼女の過去にあった出来事を思い出していた。
それは小さい頃、一番仲のよかった友達の身に起きていたこと。
その子のお母さんはよく怒る人だった。
よく物を投げつける人だった。
その子の家に遊びに行くのは、ほんの少し勇気が必要だった。
けれど、お母さんがお仕事で家を出て行くと、小さい弟の面倒をみたり、お祖父さんから花札を教えてもらったり、ちょっとだけ非日常の世界が体験できて楽しかったのを覚えている。
20年後、彼女は母親になっていた。
そして、ポツリポツリとその時のことを話し出した。
お母さんはよく物を投げつける人だった。
怖くていつも顔色をうかがってた。
けど、自分が親になって分かったことがある。
年老いた父親と幼い子供3人を女手一つで養っていかなきゃいけない重圧。
なのに言うことをきかない子供たち。
本当は叩きたかったんだと思う。
殴りたかったんだと思う。
私も泣き止まない子供に一瞬そう思ってしまったから。
でも、その一瞬で気が付いた。
お母さんが物を投げたのは、私たちを殴らないためだって。
精一杯、自分を抑えてたんだって。
…伝わりにくい愛情だよね。
その愛情は、伝わらなければ、子供にとっては恐怖でしかない残酷な優しさだ。
けれど、残酷な優しさでも、伝われば人をほんの少しだけ幸せにすることもあるようだ。
お母さんのことを話す彼女の目が、とても穏やかだったのを覚えている。
仏の慈悲は、しばしば、ただ一人の我が子を大切に見守り続ける母親の深い愛情に例えられる。
いわく、転んだ我が子に駆け寄る母親の反射的な行動であったり、離れていても我が子のことを思い続ける母親の心情であったり。
掛け替えのない大切な我が子から目を離すことなど出来はしない。
幸せな時も、嘆き悲しむ時も、寄り添い続ける母親と同じように、生きとし生けるその一人一人を愛しむのが仏の姿。
だが私は、母となったがゆえに視界は更に狭まり、世界が歪んだことに気がついた。
息子に対して優しくないものを、否定し非難し遠ざけて、それが良き母親であるような感覚さえ生じている。
それもまた、ただ一人の我が子を愛する母親の姿だ。
しかし、仏は母親に例えられるが、母親は仏ではない。
彼女のお母さんは仏ではなかった。
私の母も仏ではなかった。
母親となった娘たちもまた仏ではなかった。
仏ではないからこその母としての愛情は、時に温もりを与え、時に凶器となって他者を襲う。
だから思うのだ。
きっと本当の愛情は、そんな自らの姿に気づかせてくれるものなのではないのかと。
この先も、彼女の振り上げた手が幼い我が子に下ろされることはないだろう。
今は亡きお母さんの伝わりにくい愛情を忘れない限り。
そんな縁の残し方もあるのだと思った。
そして、彼女に自分の姿を気づかせたお母さんとの縁には、母親の愛情のような仏の慈悲が確かにあったのだと思った。
その気づきに「南無阿弥陀仏」と称えようとして、ふと気づく。
あぁ、同じ気持ちで母に一言「ありがとう」と言えばいいだけなんだ…。
カーネーションに眉を顰める母親も、言葉の花束なら受け取ってくれるだろう。
…それでもダメなら、もう笑顔だけだ。(笑)
…それでもダメなら、もう笑顔だけだ。(笑)
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