ウノに癒されるとは
- 2012年06月05日(火) 文:kensho
- 仏声人語
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先日ペットの犬を亡くされた方にお会いした。
お会いしたのは亡くなってからさほど時間が経過していなかったので、必死に大粒の涙をこらえた表情で悲しみに打ち拉がれていた。
僕も以前自宅で犬を飼っていた。
名前は「ウノ」
小型犬のパピオンで室内で飼っていたこともあり、寝るのも一緒の布団、食事も同じ部屋。
夕方の仏間でのお参りも一緒にしていた。
そのウノ、僕が大学生の時に亡くなった。
正直、家族が亡くなってもこんなに涙が出ないんじゃないのかというぐらい号泣した。
ペットを飼うことにより、癒されると聞く。
しかし癒されるってどういうことだろうか。
よくよく考えてみると、ペットは私にとってとても都合の良い生き物なのではないだろうか。
しつけにしても人間様の都合の良い生き方を強要しているだけではないであろうか。
ある方からこのような話を聞いた。
「死ということで人は悲しむことはない。人やその他の生き物は毎日どこかで亡くなっているのに涙も出ない。ではなぜ身近な方が亡くなれば悲しいのか。それは、その人その生き物との関係性が無くなってしまうことに対して悲しみの感情を抱いている。私達は死までも自分勝手な受け止め方をしている。」
私がその時抱いていた悲しみは、本当にウノのいのちについて考えていただろうかと自問する。
仏教では生と死は反対ではなく、一つであると説く。(生死一如)
亡くなったペットから与えられた悲しみを悲しみで終わらせることなく、自らの生死の問題として考えてみる。
そして確かにいきているウノの「いのち」についても。
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