梅雨の空に想うこと
- 2012年06月14日(木) 文:uritomo
- 仏声人語
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水無月、気づけば梅雨入りが発表されていました。

曇り空や雨の空をよくみるようになりましたが、そんな空を見てみなさんどのように過ごされているでしょうか。
私は、どうも幼い頃から雨の日が苦手で、雨の日は朝布団の中で目を開いた瞬間からなんだか学校に行きたくない気持ちによくなっていました。
ある雨の日、「雨の日はいやだー。嫌いーっ。」とふてくされる私に、「雨の日が嫌いなん?でも、雨が降らなかったら、大好きなお米も、野菜も、食べれなくなるよ?雨の降らない国でどれだけ雨が大切にされているか、考えたことがある?」との母の声が返ってきました。当時の私は、嫌なものは嫌なので、ふてくされた顔で「ふーん。」と一言答えただけでした。
大きくなった今でも、嫌いなもの、苦手なものを自分の好き勝手に判断してしまう私の癖は変わりません。自分に良くしてくれる人は好きだし、自分に都合の悪いことをする人はやっぱり苦手です。
しかし、苦手なところを「苦手」で終ってしまえば、それまでですが、「苦手」をじっと見つめてみると、様々なことを教わる気がします。たとえば、相手の苦手なところは、実は、自分自身の認められない苦手なところを相手に投影していただけだったり。相手をうらやましいと思うことは、実は、自分自身にも相手のようになれる可能性を見いだしているからこそ、相手をうらやましいと感じることであったり。
苦手と感じることでも、じっくり見つめていくと、その想いの原因が様々にあることを知らされます。苦手なことと、自分とのつながりを見るということは、今まで相手に向いていた矢印が自分に向くという意味で、時にはしんどい作業となる時もあるかもしれません。
だけど、その作業を繰り返す中で、「苦手」だから嫌。もう見ない。と世界を遮断してしまうのではなくて、「苦手」から広がる、つながりを見てみることにより、自分の世界が広がったり、深まったりする様子を眺めるのも意外と面白いです。新たな発見があるかもしれません。
そう思うと、苦手とだけ感じていた雨の空を、ぼんやり眺める時間も悪くはないな。と思う梅雨の空でした。

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