手段と目的
- 2012年11月07日(水) 文:kensho
- 仏声人語
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私にとって11月11日は大切な日であります。
「日本鉄道会社設立」、「ドイツ、連合国と休戦協定に調印、第一次世界大戦が終わる」、「サンフランシスコの金門橋完成」など、調べてみると色々と記念すべき日でもあるようです。
実は私にとっての11月11日は、結婚記念日でありもうすぐ7年目を迎えます。
私の妻は北海道出身です。北海道から遠い広島へよくお嫁に来てくれました。感謝。
さて妻は北海道を出てから、生まれ故郷を意識するようになったそうです。
たまに北海道の先住民族であったアイヌ文化の話をしてくれます。
もともと、本州の和人は農耕民族であったのに対して、アイヌの人々は狩猟採集民族でありました。
ですから生活のために動植物などの獲物を狩って食べます。
アイヌの人は、肉と毛皮という形で人間界へ来てくれたカムイ(神)に感謝し、神の国へ送り返す「カムイノミ」という儀式を大切にしていました。
また、獲物は必要以上に狩ることはせず、少し捕りすぎた獲物は神への感謝の気持ちで自然に還していたそうです。
言い方を変えれば貯蓄をしなかった文化とも言えるかと思います。
私たちは貯蓄をすることで生き延びる術を得ました。
しかし、蓄えることでそれを奪い合い、争いが起きました。
また貯蓄したものを交換する目的で貨幣が生まれました。
交換することが目的であったはずの貨幣、それは生きるための手段であったはずなのに、それを貯蓄(貯金)し、追い求めまた失い、奪い合い、得ることを目標とすることで生きる意味が見えなくなっているのが今の世ではないでしょうか。
すなわち手段と目的が混雑したのが現代社会とも言えましょう。
そうした不確かな娑婆の価値観で、確かな呼び声である南無阿弥陀仏とともに、自らを振り返る大切さを感じます。
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