ホットケーキ

親鸞聖人が日本のお釈迦様と敬われた聖徳太子は、十七条憲法の第一条で「和(やわ)らかなるをもって貴しとなす」とおっしゃいました。国づくりの中心に「和」をあげておられるのです。「うちとけて相互になごみあうことこそ尊いのですよ。互いに背き合い逆らうことがありませんように」とおっしゃいます。

この「和」の心は誰しも大切だと頭では分かっているのではないでしょうか。しかし、僕はたとえ家族とであっても意見が違うと、「自分の意見こそ正しい」とつっぱり、逆らってしまい上手くいかない時があります。

聖徳太子は第一条で言われる「和」の背景には、自分には自分中心で、至らない所があるという自覚があると言われます。聖徳太子は、十七条憲法の第十条に「われかならず聖にあらず、かれからなず愚かにあらず、ともにこれ凡夫(ただびと)ならくのみ」とおっしゃいます。自分がいつも正しく、相手がいつも間違っているわけではない。相手も自分も同じように、間違えることも、失敗することもある。自分が正しい、自分こそ決して間違っていないと相手を責めるところに、たとえ互いに「和」を求めていたとしても争いが起きるのではないでしょうか?

今年最初に早速、父とぶつかりました。

 

今年の正月は家族皆で迎えることができました。日頃は僕たち夫婦と子どもたちは、お寺の分院に過ごしているので、なかなか皆一緒に食事ができないでいます。父母に祖母、僕たち夫婦に娘と息子、仕事で京都の妹も帰ってきて、8人食卓に揃うのは本当に久しぶりで大変にぎやかでした。しかし、家族が揃ったら揃ったでいざこざはある訳で、早速4日目に父である住職と僕とお寺の方針のことで口論となってぶつかってしまい、なんともいや〜な感じの、気まずい夕食に。明日には妹は京都に行き、僕たちも分院に帰ります。

ご飯を食べていても味がしないななんて思っていた、その時です。
いきなり3歳の娘が、明るい大きな声で「みんな〜!手をつないで!!」と言いました。

急に何を言い出すのかと思ったのですが、無視するわけにもいかず手を繋ぐことにしました。隣の席は父でした。見ると、父の何とも気まずそうな顔が。

うわっと思いましたが、僕が手を繋ぐと、父も隣の祖母と手を繋ぎ、家族皆で繋ぎ合いました。

すると娘は、嬉しそうにニッコリと笑顔で言いました。

「まる〇ホットケーキみたい!」と!

皆、崩れ落ちそうになりましたが、思わず笑ってしまいました。ふっと気が抜けて、隣を見ると父も笑っていて、その場の雰囲気は、娘の御蔭で一転したのです。その後は会話も弾みました。娘を見ると、何だか誇らしげな表情に見えました。

何より、久しぶりに家族のつながりや、和(和やかさ)を感じることができ、ホットケーキのようにフワフワと温かい気持ちになりました。

父の手を何年ぶり、いや何十年ぶりに握りましたが、イメージしていた手より小さく感じました。

家族であるからこそ、お寺をより良くしようと思い、ぶつかり合うこともありますが、父を「自分の」思うようにしたくて、思うようにならないことに腹を立てる自分に気づきました。

そして家族皆、お互いに不完全な者であるからこそ、聖徳太子のおっしゃった仏教精神の「和」の中にあること、その繋がりを感じながら歩んでいきたいと、娘のお蔭で今回改めて感じました。

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