私の知らないわたし

 昨日、昨年の10月に行った「私をしらない私をしる時間〜お寺で学ぶ気づきのチカラ〜」という12日のワークショップ合宿の振り返りを行いました。合宿では、参加者15名の学生さんと京都のお寺で、それぞれの人生を振り返ったり、自分の死から今の生き方を考えたり、「伝える」チカラを学んだり、ふだん考えないくらい長い時間を使って自己紹介を本気で考え、発表しあったりしました。

 私は10月の合宿では、ファシリテータという、司会者の様な役割を果たさせてもらっていましたが、今回の振り返りでは、参加者のみんなに混じって振り返りのワークに一緒に参加させてもらいました。その時に感じたことは、「私はずっと、自分の役割からどこか自分を例外的に扱っていた」ということでした。それは今回、参加者のみんなと頭を悩ませながらワークに取り組んで初めて気づいたことでした。

 また、その時に同時にハッとしたことがあります。それは、自分の僧侶としての生き方でした。僧侶としての役割を担わせていただいている時、どこか人間の生死から、自分自身を例外として扱ってしまいがちな自分に気づかせてもらいました。生まれ来ること、死にゆくこと、このことから誰も逃れることはないと学ばせていただき、お話しさせていただいている私こそが、その事実を忘れてしまっているという何とも恥ずかしいことでした。

 私自身、こんな自分を「僧侶」と名乗っていいのだろうか、と悩む時は沢山あります。しかし、沢山のであいの中で、「僧侶として育てていただいていること」だけは間違いのないことだと分かります。周りのみなさんから、「私の知らないわたし」に気づかせてもらうこと、そして仏さまから「私の知らないわたし」を照らしていただけることは、なんとも有り難いことだと気づかせていただいた、振り返りの時間でした。

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