いわゆる女子というやつ

 最近、こんな本をよみました。
『女子の人間関係』水島弘子著 



いやぁ〜面白かった。
とにかく、自分の周りにあるいわゆる「女子っぽいめんどくささ」とは何ぞや、ということを開設した本です。

「マウンティング」という言葉も流行中。
自分のほうが上、ということをさりげない雑談の中でアピールする高度な技です。笑。

自分がどういうところで上かというのは、いろいろなポイントがあるようです。

褒め合ってるように見えながら、笑顔が引きつってる女子グループとかね。
「メイクかわいい〜私なんかいつもすっぴんで〜(素肌がきれいだから)」とかね。

相手を心配してあげる体で「こんなに配慮深い私って優しいでしょ」というアピールあり、
それを察知して「そんな心配してもらわなくても私強いんで(あなたと違って)」とお返し。
心配してくれてありがと、だけで終わればいのに、なんだか自分が下に見られたことにイラッとしちゃって、嫌味の応酬…みたいなね。




とにかく女性というのは、他人と自分を比べてしまいがち、そして「言外の意図を察する能力」に長けているんだとか。
そのことを、先述の本の著者は、「日本の女性は”選ばれる存在”として育てられるからだ」と分析します。
恋愛や結婚において、女性は相手に好かれること、選ばれることを重要視されがち。
そうすると、選ばれる人がいる=選ばれない人がいるということになり、そこに競争心や嫉妬やひがみが生まれる、というわけです。

選ばれるための要件。
それがいわゆる「女性らしさ」であり、気が利くとか配慮できるとかいつも笑顔でいるとか愛嬌が良いとか、つまりは「他者との関係性の中で価値を持つこと」つまり「察する能力」が求められるのです。

察する能力と察する能力がぶつかった時に起こるもの、それが「言外ににおわせた嫌味」「腹の探り合い」そして「あなたより優れてるわよ、私は謙虚だけど」というアピールなんですね。苦笑。

この本、いろんな人の顔が浮かんでくるのはもちろんですが、自分自身にも当てはまることばかりで本当に苦笑しながら読みました。



何事もそうですが、人と比べても、不幸の始まりでしかないと思います。
経験談ですが、ちょっとした優越感に浸ったとしても、それに気が付いてしまうと自己嫌悪になったりもし、そんな思いを抱かせてしまう相手をまた、否定したくなる。

そのループ、無駄ですよね。
勝手にひとりで悶々としてるだけで、相手には関係がないことなのにね。

物事の発想の根底が、相手と自分を比べてしまっている、ということに気を付けていれば、無駄なエネルギーを使わなくて済むかもしれません。

著者も、そのことが自分の癒しと相手への癒しにつながる、と説いています。


本当におもしろい本なので、ぜひ皆さんもご一読ください。 
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