それでもいい

 
「ネガポ辞典」というアプリがある。

これはネガティブ(マイナス)な言葉をポジティブ(プラス)な言葉に変換してくれる機能がついた、少し風変わりな辞典アプリだ。

先日、このアプリを人から紹介され、進められるままにダウンロードしたついでに、面白がっていろんな言葉を調べてみた。

たとえば、

「人見知り」→「慎重に相手を見極められる」
「言い訳をする」→「状況判断が早い」
「要領が悪い」→「丁寧でひたむき」
「飽きっぽい」→「気持ちの切り替えが早い」

などなど、物は言いよう、確かに的を射た変換がされていた。



同じ状況に対して、異なる見解が出るのは何故かと考えれば、見る側の感情が大きく関係してくるのは明らかだ。

好ましくないと感じたものにプラスの感情を抱くのは難しく、反対もまた同じことが言えるのだが、誰もが同じものを見て同じ感情を抱くようなことはほとんどない。

親鸞聖人が遺されたご和讃に「煩悩にまなこさえられて(煩悩に目が遮られて)」と歌われたものがあるように、私たちは煩悩という色眼鏡を通して物事を見ている。
それは自分の価値観に左右されてしまい、物事のありのままの有り様を見ることができない状態のことをいう。

この状態は何も特別なときに起こるものではない。
それが私たちの常態であるということだ。

実は、先ほど例にあげたネガティブな言葉は、私が息子に対して常々思っていたことだった。
「素直である」とか「集中力が高い」など、長所は長所として認めつつも、私が好ましいと感じないことについては、勝手に短所のカテゴリに入れていたようだ。
知らず知らず、息子の本質をネガティブな決めつけで歪ませながら見ていたのかもしれないと思い、改めて息子を見れば、一人の「個性豊かな子供」が現れたから不思議なものである。

息子ばかりじゃなんだからと、自分に当てはまるネガティブな言葉をスクロールしながら探してみると、「英語が苦手」という言葉に行き当たる。
引いてみると「それでもいい」と変換され、「大切なものは他にもたくさんある」という注釈に、思わず肩の力が抜け落ちた。

子供が言う逃避のような言い訳にも思えたが、今の私には全くその通り。
大切なものは確かに他にもたくさんあった。

結局、ネガティブな言葉をポジティブに変換させる唯一の言葉があるのなら、それは「それでもいい」なんじゃないかなと思ったりした。

そして親の立場から言うならば、短所と決めつけ溜め息をつくより、ありのままは見えなくても広い視野で見守ることのできる柔軟さが子育ての大きなポイントのように思えた。

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