日曜学校の思い出

日曜学校ということを聞いたことがあるだろうか。日曜に学校!?塾!?のように思われる方もいるかもしれない。
お寺で日曜学校というと、子どもたちが週末などに集まってお経読んだり、ゲームや工作をすることを言う。


うちのお寺でも小学生を対象にした日曜学校をしている。お寺によっても宗旨によっても多少の呼び方の違いはあるかもしれないが、子ども会・○○会のような名称でやっているところもある。
これまたそれぞれのお寺で実施時間・回数や内容も異なる。うちのお寺では毎月1回1時間、一緒にお勤め・お焼香・法話・ゲームをしている。

うちのお寺では田舎ならではの企画も取り入れている。春には畑に行って芋を植え、秋には収穫ということも!


父親が始めて約30年になるが、ここ数年は30人ほどの登録で、実際に集まるのは15人〜25人くらいである。習い事やスポーツやっていると、試合で今月はお休み、てことが頻繁に起こる。
それでも小学生が少なくなっている地域でこれだけ集まってくれるってのはありがたいことだ。

ずっと日曜学校をしていると、子どもの成長を感じる。1年生2年生の頃はやんちゃで、周りの言うことをなかなか聞かない子も、4年生を過ぎると下の学年の面倒をみるようになったり、同じようなやんちゃしている下級生を見て「子どもだなぁ」と言うようになったり。

日曜学校をするのはいくつかの理由が考えられる。
・情操教育(宗教教育)を小さい頃から行う。
・学校ではできないココロの学習を行う。
・普段接するお友だちとは違うお友だちとも交流する。

毎月のように楽しみに来てくれる子もいれば、家族に促されて来る子もいる。まずはお寺に来て、親しんでもらえたらいいと思っている。


その小さい頃の思い出は大人になっても覚えているものだ。特に高齢になった時、小さい頃お寺の境内で遊んだな、お寺の子ども会で読んだお経覚えてる、という話を時々聞くことがある。


最近、旦那さんを亡くされてお寺とご縁ができたご婦人と話をしていた時のこと。

浄土真宗ではお馴染みの「正信偈」を一緒にお勤めして、その後いろいろお話を伺っていたら、「私、実家は浄土真宗ではないけど、浄土真宗の日曜学校に行ってたの。その時この正信偈を読んだのを覚えてるわ。いや〜懐かしい。このお経に再会できたのも何かのご縁ですね。」
とおっしゃっておられた。まさに子どもの頃のことを覚えておられて、それが旦那さまを通して再会できたのだ。
亡くされてとても悲しいのに、そのようにおっしゃる。お経には心を落ち着かせるような、懐かしさを思い返させるような、そのようなはたらきも実はあるのでは、と思った。


浄土真宗の僧侶という立場では、お経に書いてあることいかに伝えるということに重点を置きがちである。でも、お経に親しんでもらう、懐かしく思い出してもらう、そのことも大事な要素に感じた。


小さい頃の日曜学校での思い出は大人になっても覚えているもの。みなさんの周りで日曜学校(お寺の子ども会)をやっているところがあれば、要チェックです!
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