マイナー

僕が本当に心から友だちだって思うのは、マイナーな人だ。
あまりメジャーな人とは友だちになれないなぁと思う。
思い起こせば、幼稚園の時、クラスの人気者タイプとは余り仲良くなれず、教室の隅でずっとカーテンに包まって、虫と話しているような人と仲が良かった。

自分がマイナーかどうか分からない人とのために、チェックの方法がある。
以下の項目に当て嵌まっていれば、マイナー度が高いと言えよう。


マイナー度チェック!(あなたはいくつ、当てはまる?)

・飲み会で、ふと気付けば一人になっていることが多い。

・mihimaru GTを、ミニマムGTって間違えてて、車かと思っていた。

・上戸彩を、カミドサイちゃんと呼んでいた。

・皆と一緒に笑えない。(タイミングがよくずれてると言われる)

・越中詩郎が大好きだ。

・窓際がすごく似合う。

・おまけびとを知っている。

・3人で歩いていると、必ず(図で示すと)

○○僕     ↑進行方向
   
ってのが何時の間にか


○○       ↑進行方向   
   僕<・・・・ 

こうなっている。(参照 彼女いないヤツには法則がある)


上の設問で3つ以上チェックが付いた方はチスイまで連絡下さい!きっと仲良くなれそうな気がします。

仏教を学ぶにあたって、僕は「マイナー」な心を大切にしようと思っている。
きっと少なからず皆、マイナーじゃないだろうか。

思春期の頃、ずっと人と交われない、明るく振舞えないと悩みもがいていた。
なんで、飲み会の時、いつも一人なんだと思っていた。
しかし、最近ある所での話題で驚いたのは、そこにいた全員が、飲み会の時に「自分だけ一人になることが多い」と思っていたという事実である。
なんだ、皆、一緒じゃん。

人は皆「孤独」な存在であり、「孤独」である寂しさを抱えた存在である。
生まれてこの方、一人であることの寂しさを感じない人なんていないんじゃないか。
そしてそんな「孤独」の寂しさを抱えるがゆえに、人は寄り添い、なんか知らないけれど、妙にうまの合うともだちとなるのではないか。

そう思うと、マイナーも悪くない。

でも、やっぱりおまけびとはもう少しメジャー化していきたい。  
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『ブッダと平和』

涅槃 de ナイト「ブッダと平和」〜立松和平と語る〜が神谷町光明寺にて開催されました。
そのご報告です。
http://www.peace-sangha.jp/action/NehanDeNight.html


立松和平さんは、南極の昭和基地開設50周年を記念するイベントの一環として、宇宙飛行士の毛利衛さん、登山家・医師の今井通子さんらとともに南極の観測活動を視察し帰って来られたばかり。
南極で地球の現実と直面されたことを中心にお話下さった。

地球は、10万年ごとに気候の変化を繰り返してきたという。
気候変動のなかで生き物は絶滅を繰り返す、そういう因果の中で生きてきた。
だから、人類が滅びることも、実は地球にとっては何でもないこと。
産業革命の時代の人々はいいことばかりをした思っているかもしれないが、それが何百年後の今につながり、環境破壊の原因となっている。
その事実が、南極の氷の中に刻まれているのだ。

立松先生が、お釈迦様のお言葉「諸行無常」すなわち「万物は流転する」することを何度もお話しされていた。
その言葉を、南極の実態から肌で感じられたという。

今を生きる私たちの生活も、南極の氷に刻まれていく。
それぞれの責任と課題を突きつけられたように感じた。

講演の後は、質疑応答。
平和・戦争について。

「ブッダ最後の旅〜大般涅槃経〜」の冒頭部分からお話下さった。
阿闍世がバッジ族を征服しようとする。
お釈迦様は阿闍世に7つのお言葉をおかけになられるが、「戦争をやめなさい」とは一言もおっしゃらない。
バッチ族が立派な存在であることを諭して聞かせ、「相手を尊敬すること」を教え示されている。
戦争の因は欲望であるから、決して欲望の中に取り込まれるのことないよう、因を作らないことを正しい道理として説かれたお釈迦様のことばを紹介された。

仏教は戦争を止める力となるか。
因果の法則から考えて、自分が戦争の因の中に入っていかないのが最大原則であると答えられた。
そして、戦争になったら逃げる。
逃げる場所がなくても逃げる。
私たち仏教徒に出来ることは、とにかくそういう因果を作らないように努力することだけである。
確かにいざ戦争となれば、仏教の教えで身を守ることはできないであろう。
しかし、そんな無力の中の喜びを持つべきではないかとお話下さった。

仏教を学びながら、それが役に立つか立たないか、強いか弱いか、そんな損得の物差しばかりで物事を判断してしまう。
そんな私にとって、「無力の中の喜びを持つ」とは本当に尊い言葉であった。
そこにこそ平安が生まれてくることを忘れてはいけないと、立松さんのことばを通してお釈迦様の教えを聞かせていただく貴重なご縁でありました。


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寺子屋トーク

演劇・音楽・講演等多彩な活動をされている大阪應典院で、下記の催しが行われます。
詳細は公式サイトをご覧ください。

第48回寺子屋トーク
「微笑みで開く<地域の看取り>」
〜生老病死のコミュニティケア Part2〜
■日時:2007年2月18日(日)13:00開場 13:30開会
■会場:應典院本堂ホール
■参加費:1,500円
■主催:應典院寺町倶楽部
■内容:
日本で初めて看取りに取り組むNPO「なごみの里」代表の柴田久美子さんの講演のほか、地域ケアにかかわる今井信行医師と当山の秋田光彦住職とによるセッション。
■公式サイト
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友だち

メンバーが同じテーマを順番に書いていくメンバーコラム。
3巡目のテーマは「友だち」です。

「本当の友だちって?」「親友ってなに?」
ということは、誰しも思春期に一度は考えたことがあるでしょう。
歳をおうごとに、そういう問いはあまり考えなくなりますが、あえて今回は友だちについて考えてみようと思います。

前置きとして、ぼくが日常考える友だち観は、
「今話している人が友だち」
この人は親友で、この人は親友じゃない、なんてことを考えていると、正直頭が痛くなります。
だから、今目の前にいる人が友だち。
相手がそう思っていなかったとしても、ぼくの中で友だち。
もちろん、その中で気の合う人や合わない人はいますが、それは自分の容量にも関わることなので、あまり考えないようにしています。


では、まず、
「友」を辞書で調べてみるとこうありました。

(1)親しく交わる人。ともだち。友人。朋友(ほうゆう)。
(2)志を同じくする人。同志。
(3)常に好んで親しんでいる物。
(4)道づれ。なかま。

この4つの中では、(2)の「志を同じくする人」というのが、特に深く関わる人をさすように思います。
例えば、学生時代の部活動。目的を同じくするメンバーとは、より深い関係を持つことになりますね。ひとつの目的に対してどれだけツライ経験をしたかによって、人と人の繋がりはより濃くなっていくのでしょう。逆に言うと、目的が違っていたりツライ経験もなかったら、それほど深い関係にはならないように思います。ぼくの場合も、仏教専門学校の寮生活を共にした人や、劇団のメンバーなどは、その後数年会っていなくても、変わらない絆が結ばれています。どちらもその背景には、きつい生活やつらい練習がありました。「夫婦」というのもそういうものではないかと考えます。ここで重要なのは、好きとか嫌いという個人的都合を、部分的に超えていることだと思います。どんな人でも深く付き合えば、好きなところもあれば嫌いなところもあります。それを含めた上での共同作業が、人と人をより深い関係にするものだと思います。

仏教では、
1、「仏さま」
2、「仏さまの教え」
3、「仏さまの教えを大切にする者の集まり」
を三つの宝と言いました。
「宝」とは文字どおり、人にとって最も大切なものを指しますが、その中で、3の「仏さまの教えを大切にする者の集まり」という、いわば「友だち」を重要視しています。
これは、おシャカさま当時(2500年以上前)から一貫していることで、仏教ではひとりで学びひとりで修行することを良しとせず、必ず師を持ち仲間を持つことを勧めます。逆に言うと、ひとりで修行しひとりで悟ったという人は「怪しい」ということにもなるでしょう。
この考え方にはいろいろな含みがあると思いますが、ぼくもこれには強く共感します。
例えば、ミュージシャンなどでも、ひとりでまったく新しい音楽を作り上げるということは、その人が天才でない限りあり得ないでしょう。既存のものを壊すというパンク精神から生まれた音楽も、既存のものがあったから生まれたものです。ですから、尊敬する人をもたないミュージシャンがいるとしたら、ぼくは首を傾げます。これは音楽に限らず、どのジャンルにおいてもいえることだと思います。


「師(尊敬する人)に出会うこと」と「仲間に出会うこと」が、
この世に生まれた最高のヨロコビだと思う今日この頃。


続くメンバー、お気軽にお願いしまーす。
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TV見仏記

みうらじゅん・いとうせいこうのTV見仏記 1

仏像好きで知られ、互いに「仏友(ぶつゆう)」と認め合うみうらじゅん氏といとうせいこう氏が、全国各地におわす仏像を訪ね歩き、それをまとめた人気のエッセイ『見仏記』シリーズ。
あの『見仏記』に描かれた両者の思わず笑ってしまうやり取り、そして本ではみうら氏のイラストでしか見ることの出来きなかった実際の仏像の姿が、なんと、このDVD『TV見仏記』にて、実際に目にする事ができるようになりました!
本の『見仏記』で、本物の仏像が見れず、歯がゆい思いをした方には、まさに朗報ではないでしょうか。

ただ、エッセイで描かれたものがそのまま映像になったのではなく、京都チャンネルと言うCS局の番組がDVDとなったもので、新たに撮り降ろした新作です。本の『見仏記』ファンは、ちょっとがっかりするかも?しれませんが、それでもさすがはテレビの力!普段は公開が限定されていて、なかなか目にする事の出来ないような数々の秘仏も、見事にご開帳されております!
これはまさに超貴重な映像と言えるでしょう。
秘仏以外にも、国宝モノに重文モノ、文化財には指定されてはいないものの、かなりの傑作、名(迷?)作など、メジャーからマイナーな仏像までが目白押し。一大仏像曼荼羅が、皆さんの家のテレビ画面を通して押し寄せます。
もちろん、仏像以外にも、名物住職の登場や、仏像には関係ない面白いモノに目が行くお二人。そのトークの冴えも、このDVDの醍醐味です。
仏像ファンはもちろん、お二人のファンも十分に楽しめる内容となっておりますよ。

ちなみに今現在で6巻まで出ており、第一巻では京都の嵐山など、第二巻では滋賀〜奈良、第三巻は京都の南山城、宇治、伏見、第四巻では西山〜高槻、第五巻は琵琶湖と大阪の南河内近辺、第六巻では京都の宮津・舞鶴から京都市上京区と、関西のあちこちの素晴らしい名仏・珍仏が紹介されております。
仏像好きでない方もそうでない方も、是非一度見てみてください。
見終わった頃には、きっと仏像が見に行きたくなる事、請け合いです。
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