私の父
- 2007年09月07日(金) 文:
- 仏声人語
- -
テーマは家族・・・
今回は私の父を通して・・・
父は言うなれば趣味人間です。趣味はバレー、剣道、時代劇、様々ありますが、その楽しんでいる時間を邪魔されるのが嫌いなようです。
普通だと言えばそうなりますが、多少度が過ぎたところがあります。
例えば、時代劇の途中でチャンネルを変えてみたりすると豹変ぶりが・・・絵に描いたようです。
よく、悪戯をして怒らせていました。
当然、仕事に於いてもそのこだわりを発揮する所を垣間見たりすることもあるのですが・・・
そんな父との思い出を・・・
私、中学三年の終わりの大事な時期に大失態をしでかしました。
どのようなことかと言いますと
悪友達と昼間に公園で遊んでいました。
すると、その中の一人が「いいちこ」の一升瓶を携えてきたんです。
その時、男を見せるためにどれだけ呑めるか競ったと・・・
案の定、私は泥酔状態で道路と田んぼの間にある溝に頭から落ちてしまいました。
綺麗に体が逆さまに入っていました。さぞカッコ悪い状態だったと思います。
そして、急性アルコール中毒でありましたので救急車のお世話になり、点滴を受けて父の背中に負ぶさられて家路へ・・・
翌朝、眼が覚めると昼でした。
母は涙目で私を見て、父は笑顔で私を気遣ってくれました。
・・・流石にあれだけのことをしたら怒るよりも呆れたのかも・・・
この時私は両親から厳しく叱られるのを覚悟していました。未成年の飲酒です。
ですが、両親の言葉は
母は
「早く学校に行って、先生に昨日の事を謝ってきなさい」
父は
「大丈夫なのか?体を休めなさい」
その父の優しさに戸惑いつつ、すぐさま学校に行きました。母が恐いってこともありますがw
この思い出が私の中で引っかかっていた時期があります。
「なんであの時、叱らなかったのかな」
ということです。特に父がです。余程のことがあれば父の拳が飛ぶのが毎度のことだったからです。
叱られないって妙に恐いんですよね。
日が流れて、私は大学へと進学しました。途中、アパートの更新が切れて別のアパートへ移りました。
その時父に引っ越しを手伝って貰いました。
その最中での父との会話の中でのことです。
私は父に「成績が良くなく、要領も良くなくて色々迷惑かけて申し訳ない」と言いました。
遠方から遥々、息子のために嫌味の一つも言わずに来てくれた父にポロっともれた言葉でした。
普段はその欠片すら思ってない私なのに・・・
父は
「家族皆が無事で、元気で、笑顔、それがワシにとって一番嬉しいことなんだ。何か困ったことがあればすぐ跳んで行くよ」
この時私は・・・正直に言えば、(カッコつけやがって)と真摯に受け止めてはいませんでした。
どちらかというとその言葉に当たり前さを覚え、
「何か、あったらまた頼むわ!」(私)
失礼千万な私なのです。。。親の気持ちを踏みにじって生きてきたって気がします。
ですが、こう振り返って見ると(あぁ〜、愛されているな私)って思ってしまいます。
よく、父に勝ちたい、父に勝ちたいと常日頃思ってたりするんです。
ですが、他では勝ったと思う点は沢山ありますけど、父の家族への思いには勝てません。
「親の心、子知らず」という言葉がありますが、今もその父の思いを量ることは息子の私には大き過ぎて量れません。
知ろうとしても経験から理解出来ないことがあるし、存命ですから、衝突もあるし・・・努力は今後もします。
いつになるのか分からないですが、親の立場になったら、父のようでありたいとこの頃、妙に思うんです。
今回は私の父を通して・・・
父は言うなれば趣味人間です。趣味はバレー、剣道、時代劇、様々ありますが、その楽しんでいる時間を邪魔されるのが嫌いなようです。
普通だと言えばそうなりますが、多少度が過ぎたところがあります。
例えば、時代劇の途中でチャンネルを変えてみたりすると豹変ぶりが・・・絵に描いたようです。
よく、悪戯をして怒らせていました。
当然、仕事に於いてもそのこだわりを発揮する所を垣間見たりすることもあるのですが・・・
そんな父との思い出を・・・
私、中学三年の終わりの大事な時期に大失態をしでかしました。
どのようなことかと言いますと
悪友達と昼間に公園で遊んでいました。
すると、その中の一人が「いいちこ」の一升瓶を携えてきたんです。
その時、男を見せるためにどれだけ呑めるか競ったと・・・
案の定、私は泥酔状態で道路と田んぼの間にある溝に頭から落ちてしまいました。
綺麗に体が逆さまに入っていました。さぞカッコ悪い状態だったと思います。
そして、急性アルコール中毒でありましたので救急車のお世話になり、点滴を受けて父の背中に負ぶさられて家路へ・・・
翌朝、眼が覚めると昼でした。
母は涙目で私を見て、父は笑顔で私を気遣ってくれました。
・・・流石にあれだけのことをしたら怒るよりも呆れたのかも・・・
この時私は両親から厳しく叱られるのを覚悟していました。未成年の飲酒です。
ですが、両親の言葉は
母は
「早く学校に行って、先生に昨日の事を謝ってきなさい」
父は
「大丈夫なのか?体を休めなさい」
その父の優しさに戸惑いつつ、すぐさま学校に行きました。母が恐いってこともありますがw
この思い出が私の中で引っかかっていた時期があります。
「なんであの時、叱らなかったのかな」
ということです。特に父がです。余程のことがあれば父の拳が飛ぶのが毎度のことだったからです。
叱られないって妙に恐いんですよね。
日が流れて、私は大学へと進学しました。途中、アパートの更新が切れて別のアパートへ移りました。
その時父に引っ越しを手伝って貰いました。
その最中での父との会話の中でのことです。
私は父に「成績が良くなく、要領も良くなくて色々迷惑かけて申し訳ない」と言いました。
遠方から遥々、息子のために嫌味の一つも言わずに来てくれた父にポロっともれた言葉でした。
普段はその欠片すら思ってない私なのに・・・
父は
「家族皆が無事で、元気で、笑顔、それがワシにとって一番嬉しいことなんだ。何か困ったことがあればすぐ跳んで行くよ」
この時私は・・・正直に言えば、(カッコつけやがって)と真摯に受け止めてはいませんでした。
どちらかというとその言葉に当たり前さを覚え、
「何か、あったらまた頼むわ!」(私)
失礼千万な私なのです。。。親の気持ちを踏みにじって生きてきたって気がします。
ですが、こう振り返って見ると(あぁ〜、愛されているな私)って思ってしまいます。
よく、父に勝ちたい、父に勝ちたいと常日頃思ってたりするんです。
ですが、他では勝ったと思う点は沢山ありますけど、父の家族への思いには勝てません。
「親の心、子知らず」という言葉がありますが、今もその父の思いを量ることは息子の私には大き過ぎて量れません。
知ろうとしても経験から理解出来ないことがあるし、存命ですから、衝突もあるし・・・努力は今後もします。
いつになるのか分からないですが、親の立場になったら、父のようでありたいとこの頃、妙に思うんです。





