感謝の花束

外見が似てると言われたことはない。

けれど。
偏頭痛もちなところも、腰痛や肩こりがひどく、サロンパスが手離せないところも、貧血症のところも。

似なくてもいいじゃないかと思うところは、嫌になるほどソックリで…。
そういう意味で、遺伝子を疑うことはない。

私はその不調を、つい口にしてしまうけど。
私など、比べ物にならないくらいの不調を抱えながら。
本当の辛さを隠しては、大したことはないからと、小さな不調だけを口にしてカモフラージュしてやり過ごす。

だから、「大丈夫よ」と何でもないような顔に安心して。
その奥にある苦しみに、思いを傾けることができない自分の至らなさを、後になって悔やんでしまう。

痛みを抱え、絶望を抱え、心身のバランスが崩れかけた危うさを抱えながら、生きている人がいる。

普通に暮らしているように見える人が、全員健康とは限らないということを。
いつもいつも、その姿が教えてくれている。

思い通りにならない身体で、思い通りにならないなりに生きることを受け入れたその人の目に映る世界が、優しいものであったかは分からない。
それでも、その視界には失った健康の他にも大切なものが映っていて、その中に私も含まれていたらいいなと、思ったりもした。

たぶん私は、どんな娘でありたいかと問われたら。
その人に「生んでよかった」と、思ってもらえる娘でありたいと答えるだろう。

そんな、言葉に尽くし難い感謝の思いを、年に一度、花に託してしまえたらいいのだけれど。
カーネーションの嫌いなその人には、届きそうにもないようだから。
どうせ届かないなら、ここで言ってしまっても、いいだろう。

「お母さん、生きててくれて、ありがとう」


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