PNHとKTM─ 攜坊さんとのであい】
- 2011年09月23日(金) 文:キッスィ
- 仏声人語
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カンボジア→ネパールというと唐突なイメージがあるかもしれない。タイは経由地だとしても、行くならベトナムやマレーシアなどの方が近くて便利なのに・・・。
ネパールに行くには理由があった。カトマンズに浄土真宗のお寺・・・カトマンズ本願寺があり、そこの親鸞聖人750回大遠忌法要に参拝することである。
なぜネパール?ネパールといえば、圧倒的にヒンズー教の方が多い国。仏教といってもチベット仏教徒なのでは!?と思っていた。
チスイくんがコラムで触れていたが、そこの住職であるソナムさんはもともとチベット仏教の僧侶であった。インドのシッキムという地に生まれたソナムさんは、チベット仏教が盛んであったのもあってチベット仏教の僧侶となって日々修行していた。
(写真はソナムさん)
でも煩悩を無くし、さとりを獲ることを目指していても、どうも何か物足りないと思っていた。そういう思いからお釈迦さまがさとりを開かれたブッダガヤに行き、気持ち新たに修行をしようとしていた。
しかし、ブッダガヤのホテルでソナムさんの人生を大きく変える人物に出あう。
日本人の向坊弘道(むかいぼう ひろみち)氏である。この向坊氏は今から52年前、東京大学の2回生の時に交通事故で全身麻痺になる。それからというもの、死んだ方がマシくらいの絶望感の思いになっていく。
そんなどん底の向坊氏に菩提寺の住職から1冊の本をもらった。
名古屋大学の教授だった上田義文氏の『仏教をどう理解するか』。
これを読んで、仏教について・浄土真宗について理解を深め、真宗はすばらしい!と思うようになってお寺でお聴聞するようになる。自分の救いを真宗のお念仏の中に見出していった。
そんな向坊氏がヘルパーさんを伴ってブッダガヤにやってきた。
ソナムさんはその向坊氏を見て、かわいそうに・・・と最初思ったそうだ。
そうだ、話しかけてみよう。そこから向坊氏とのやりとりが始まる。
最初はソナムさんが一方的にチベット仏教について話していた。
いろいろ話を聞いていて、向坊氏は聞いてみた。「ところで目標のさとりは開けたの?」
「いや、煩悩が邪魔しているので毎日瞑想しています。間に合いますかね?」
この間に合いますか?という言葉。これはソナムさんが命ある間にさとりが開けますか?という意味である。
ここから形勢逆転する。向坊氏が話し始める。
仏教・・・特に浄土真宗の「悪人でも救われる(悪人こそ救われる)」という話を聞いて、自分の求めていた教えはこれだ!と思い、それまでのチベット仏教の僧侶ではなく、真宗僧侶として生きていく決意をする。
悪人についてはケンユウくんが書いてくれているのでこちらをご参考に。
そのソナムさんが浄土真宗を学ぶためにやってきたのは京都にある中央仏教学院で、そこで浄土真宗を学び、真宗僧侶となってネパールに戻った。ネパールはお釈迦さまの生まれたところ・・・言わば仏教の逆輸入版。
そんな大きな思いを抱いて建立されたカトマンズ本願寺。
そこでの法要については次回に。





